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神龍湖遊覧 旅客の争奪を防止 運賃の統一を図る
天下の名勝帝釈峡神龍湖(神石郡永渡村)は、山陽中央水電会社の堰堤増築により上流の天然橋雌橋が水中に没したので、増水と水泳季節で遊覧客も増加するが、これまで神龍湖通船営業者赤木八寿人・池田正登の両氏相反目して遊客の争奪・運賃の競争などをなし遊覧客の不便少なからず、帝釈峡開発進展に関係するので今回三村油木署長・村上福永郵便局長・宮野永渡村長・久岡新坂村長・香川幸三郎氏らの仲裁で、左の通り協定請書を三村署長の手元へ提出し、通船営業者を2組となし赤木八寿人・瀬尾三四の両氏を一組、池田正登・武島幸一の両氏を一組とし、各一組ごとに隔日従業、赤木八寿人組は奇数の日に従業することになり、賃銭も左記の通り値下げを行い、今後は遊覧者に対し特に利便をはかることに円満解決した。(以下請書内容) 中国新聞1931年(昭和6年)5月22日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


三神線の乗客 最近日々増加
伯備線備中神代駅から分岐して昨年11月末開通した三神線東城駅間は、最近列車がボギー車に変更運転を開始したので、一般乗客が満足したので近時乗客が日々増加しつつある。 中国新聞1931年(昭和6年)2月1日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


東城大橋の渡初式
既報の通り、東城から岡山県新見に通ずる県道に架設中の東城大橋落成による渡橋式は3日午前10時から施行され相当の人出があった。式終了後東城町主催で小学校講堂で盛大なる祝賀宴を行った。 中国新聞1931年(昭和6年)2月6日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


東城-上下間省営バス要望 近く実地調査する 恵まれぬ神石郡に一大福音
東城-上下間36キロ省営バス実現の促進運動は、関係の比婆・神石・甲奴3郡の各町村長代表者が14日東城町役場に集合種々打合せをなし、促進同盟会長村上氏ほか一同は宇野東城駅長および本社東城支局を歴訪し主旨の賛同をもとめ同夜は東城町に滞在。15日は代理米田秘書官を帝釈峡に訪い陳情した。右バスは今議会に森田代議士が建議案を提出、採択されたので近く実地調査があるはずで、大体の設計は三神線東城駅から福塩線上下駅にいたる36キロの区間を直線コースに連絡するので、南北両備の交通も至便となり、途中に県立公園帝釈峡を擁し、遊覧客に多大の便宜を与えることであろう。また実現に先立っては県道の拡張修理は必然とせられ、改修工事費として15万円が見積もられている。これらの土木事業による経済的影響・交通発達より受ける地方文化の開発は甚大で、殊に神石郡はその地形急峻で交通機関の恵沢はいたって少なく鉄道の敷設は当分不可能とみられ、したがって省営バス実現に関しては起終両点たる東城・上下町より以上に熱烈な要望を抱いておる。 中国新聞1934年(昭和9年)3月18日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


三神線にボギー車運転
三神鉄道東城-神代間が開通以来乗客成績良好であったのと、地方一般の熱望で、さきごろからボギー車運転に変更したので、時分柄スチームを設備され乗客は満足している。 中国新聞1931年(昭和6年)1月20日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


竣成した東城駅
三神線東城駅は工事竣成。去る9日瀧淵鉄道省技師・片桐米子建設事務所長一行が同駅の開業監査を行い、25日いよいよ開通に決定したので、駅道工事も差急ぎ執行し、同町は祝賀会を催すため目下準備中である。 中国新聞1930年(昭和5年)11月18日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


道後山へ「自然科学列車」
値上げ実績上らぬ広島管理部では、公共事業体切替前の追込み戦術として、学者さんのお力拝借で「自然科学列車」を芸備線に走らせる。第1回は21日午前9時56分広島発で同夜は道後山1泊。文理大堀川教授ら生物学者から高山植物の実地説明を受け、22日夜7時半帰広するプランで、費用はバス代・ヒュッテ宿泊料ふくめて学生490円・一般600円。これが好評ならば、教授陣を組み替えて28日・4日とヒュッテ閑散期を学生さんに大いに利用してもらおうと、学校側に盛んな勧誘を行っている。 中国新聞1949年(昭和24年)5月18日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


愛の囁きは高原 アベック列車初登場
運賃値上げ後、旅客ガタ減りで国鉄またまた青息吐息の難航ぶり。値上げが広鉄の大黒帳にどう影響したか、値上げ前後5日間の模様を拾ってみると、値上前の4月26日から月末までの乗車人員364万名に対し値上げ後5日までは336万名で28万名の減少。その収入は5,730万円で3,000万円近くの減収とは当局もくさるはず。その後一向に成績が上がらず値上げをなぜしたかと頭をひねっているが、広鉄旅客課では危機突破の増収策として考えたのがアベック専用列車。東鉄に"子供専用列車"の先手を打たれて口惜しがった広鉄の苦肉策アベック列車は、この自由恋愛時代に映画館の隅とかオフィスの裏でこそこそと愛のささやきを交わすより、高山植物やツツジ・ツリガネソウなどがらんまん咲き競う夢の別天地道後山公園でのびのびと胸の思いをうちあけなさいという親心?からで、試験的の第1回は5月の週末28日に行われる。 定員250名つまり125組が、広島駅9時56分発810列車に専用客車2両を増結。道後山着14時43分、アベックバスでヒュッテまで運び、同夜は催物など行い甘い夢を結ばせ、翌日は野生のシイタ

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 2分


「山の家」の運輸事務官が収賄
広島県比婆郡八鉾村県立公園道後山の「山の家」に勤務中の広島管理部渉外局運輸事務官中原昇(42)は昭和22,3両年度の薪炭購入を比婆郡八鉾村の堀数保(38)同山口照之(32)の両名からあっせんしてもらい、謝礼金として両人から十数万円を入手した容疑で比婆地区署で取調中であったが犯行を自供。比婆地区署では7日身柄および一件書類を送庁した。 中国新聞1949年(昭和24年)7月8日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


鉄道自殺
比婆郡久代村字為重農業宮田健一さん(65)方長男博美さん(26)は、東城町字福代下隠地で7日午前5時25分ごろ芸備線下り列車に飛込み自殺した。原因は数日前両親が博美さんの妻八重子さん(23)を離縁させた農村の封建制による厭世自殺である。 中国新聞1949年(昭和24年)7月11日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


山の家は悲鳴 涼求めてどっと殺到
本格的な酷暑の連続から、涼を求めて山へ逃げ込む青壮年のラッシュで広鉄"山の家"はどこも超満員で久しぶりのエビス顔だが、広鉄旅客課に達した各地の山の家レポは定員260名の道後山山の家は平日で100%、土・日曜は400名近くが殺到。秋吉台山の家も平日70%、ラッシュの日には定員24名に40名近くがつめかけ、渋川・光もそれぞれキャンプ代だけで採算が取れるという繁じょうぶりで、当局ではキャンプと寝具の関係で収容力のないのをなげいている。 中国新聞1949年(昭和24年)8月4日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


道後山は招く ヒュッテ一般に開放
登山とハイキングのシーズンを迎えた道後山では、野生するイワカガミ・アカモノ・シロモノなどの高山植物をはじめ、道後山の生命を代表するサツキ・ツツジが咲きはじめ、山への誘惑をそそっているが、広島管理部ではヒュッテを開放し一般の便をはかる。 ヒュッテは定員80名。1泊20円。食事は1食20円(主食持参)でまかなってくれる。 中国新聞1948年(昭和23年)5月24日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


広島直通線 上下地区輸送協力会が要望(一部抜粋)
(前略)…なお観光帝釈峡を中心とした上下-東城省営バスの実現を当局と懇談し、物資豊富で交通不便な神石郡の希望が述べられ、甲奴・神石・比婆3郡と足並みを揃えて実現を決議した。 中国新聞1948年(昭和23年)5月21日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


スキー講習会
広鉄・交通公社・広島県スキー連盟共催で、2月7日~9日までの3日間、道後山スキー場でスキー講習会をひらく。 指導員はスキー連盟の木村・齊藤両氏で、一般初心者の参加を特に歓迎している。会費(宿泊費雑費)は200円で2月4日まで交通公社広島事務所または道後山ヒュッテに申込のこと。定員100名、なお現地に貸スキー15台を備える。 中国新聞1948年(昭和23年)1月22日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


福山-東城間バス運転開始
20年秋の水害以来運転休止されていた福山-東城間バスが、今回運転再開と決定。20日から一日2往復して、備北人士を喜ばせている。 中国新聞1948年(昭和23年)5月26日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


スキー客で賑う道後山 芸備線ではラッセル運転
比婆郡東北部小奴可・八鉾村付近は旧ろう31日からの吹雪が2日まで降り続いて1尺4,5寸も積り、所によっては2尺余りとなり道後山スキー場付近は4尺も積もった。芸備線では備後落合から新見間は2,3日とラッセル車も運転した。 中国新聞1948年(昭和23年)1月7日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


積乱雲に続く山・山・山… 道後山で忘れるこの世の憂さ
キャンプのシーズンとなった。県立道後山公園はさつき散ってハンカイソウのころとなり、来る日も来る日も集る人々も一日に200人をくだらず、土曜・日曜をかけては350人余りにもおよび、一日2回のバスの往復ではまどろっこしいくらい。ヒュッテでは、所狭しとテントを張った本格的なキャンプマンも見られる。9月頃までは山の家も完全な館備をと急いでいる。 じりじりと照りつける太陽、濃緑の香に酔いながらのぼりきれば、芝生に放牧された馬や牛も一緒に、お山パラダイスがくりひろげられる。ここでは野球やバレーに興ずる一群もあって、ここで気のすまぬ連中は、日本海いずこと中国山脈の尾根の鬼がわら三角点をめざして、三々五々いどみかかる。中には、子供を背にした進歩的なご婦人も見受けられる。 三角点にいたれば、万里の長城ならず隣県との国境にこけむす3尺の石垣があり、これに腰をすえれば日本海からの風に、下界の金づまりや税金ぜめとはしばらくおさらばだ。緑また緑と山々が延々と続き、積乱雲の下に消える。8時すぎごろ、紅に空がいろどられて西に夕日が沈めば、東にはやくも満月がのぼる。この時のお山

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 2分


道後山は緑の化粧
中国陰陽を睥睨(へいげい)して雲表に聳立する円滑雄大な山容をもつ県立公園道後山は"つつじ"の出現に先駆けて緑の化粧に張り切っている。7合目辺一帯には短く育った詩的の青毛氈(あおもうせん)が天然の大芝生を完成し、帯紅色の花冠が小枝を埋めて傾斜面に密生する"たにうつぎ"は山腹一帯の"れんげつつじ"とともに大きな美観だ。地を這う"やまつつじ"の紅唇にキスする薫風を妬ましげに放牛の群れがわが世の春を謳歌するさまは一幅の泰西名画の展開だ。麓諸村地方は古典情緒たっぷりの田植が真っ盛り中だ。田植太鼓の音に聞き耳をそばだてながらモウ公連の座談会がはじまっているではないか? 中国新聞1937年(昭和12年)6月12日付

小鳥 原
2025年12月30日読了時間: 1分


列車に石を投げる
10日芸備線小奴可~道後山駅間で875列車に何者かがこぶし大の石を2個投げつけガラス窓をこわしたが乗客には傷害はなかった。 東城地区署ではただちに犯人を厳探したところ、 小奴可村字 内堀農業上田キクヨ方長男照夫(14)・同村字小奴可農業山下利徳方長男豊伯(7)のいたずらであった。 中国新聞備後版1949年(昭和24年)8月13日付

小鳥 原
2025年10月27日読了時間: 1分


道後山"山の家"開放
広鉄では進駐軍専用となっていた道後山"山の家"が移管となったので、一般登山者に開放することになり、10日"山の家"びらきを行う。またこれを機会に、広島と岡山から道後山行きのハイカーを募集する。出発は15日で広島発8時・岡山発7時57分。帰着は16日で広島着午後7時46分・岡山6時33分である。山では栗拾いと宝探し、カメラマン腕くらべ、夜は軽音祭やダンスパーティが開かれる。会費は1泊3食つきで650円。 中国新聞備後版1949年(昭和24年)10月1日付

小鳥 原
2025年10月27日読了時間: 1分
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