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三神線関連新聞記事
三神線に関する新聞記事をまとめたページです。
1953年以前の記事については、実際の新聞記事を画像で掲載しています。(クリック・タップで拡大表示)
記事中の旧漢字や仮名遣いは現代のものに、漢数字については算用数字に修正しています。
記事中より判読できなかった文字は●で表記。
末尾※印付きは、長船友則氏収集資料(広島県立文書館蔵)より抜粋しています。
開業以前
以前
1895/2/2 線路変更の意見
1896/5/31 両山鉄道と東城及び西城
1896/9/1 備作三勝両鉄道合併
1928/4/1 福山上下東城間私鉄敷設計画
1929/3/17 奮然蹶起した小奴可村力行会
東城開業以後
東城
1930/9/28 三神鉄道の機関車が東城へ近く初乗込
1930/10/6 列車東城駅へ
1930/10/13 三神線東城小奴可間測量開始さる
1930/10/16~11/25 東城駅前運送会社争議関連
1930/10/18 竣成した東城駅
1930/11/17 開通日近づく三神線東城駅
1930/11/20 三神東城間は25日開通
1930/11/24 東城駅開通の祝賀会準備成る
1930/11/25 北両備をつなぐ三神線の開通
1930/11/25 三神鉄道東城開通記念号(紙面掲載のみ)
1930/11/25 矢神東城間愈よきょう開通式
1930/11/25夕 三神線開通式きょう東城町で挙行
1930/11/26 希望に満ちた東城の将来
1930/11/26 鉄道開通で東城町は大賑い
1931/12/14 鉄道研究会
1931/1/20 三神線にボギー車運転
1931/2/1 三神線の乗客
1931/2/6 東城大橋の渡初式
1931/5/22 旅客の争奪を防止
1931/6/30 備後電鉄の申請書再提出
1932/10/16 三神線東城駅以北鉄道延長工事
1933/1/12 三神線東城以北近く着工
1933/1/14 三神線第3工区近く着工!
1933/1/16 三神線第3工区起工準備着手
1933/4/23 三神線第4区工事入札
1933/12/13 八鉾-小奴可間の鉄道工事に着手
1933/12/19 三新線第5工区工事に着手
1934/3/18 東城-上下間省営バス要望
1934/5/31 土工惨死
1934/9/6 八幡・小奴可駅も竣工
1934/9/10 三神線鉄道工事完成に近し
小奴可開業以後
小奴可
1935/6/10 小奴可村民が待望の処女列車の初見得
1935/6/14 延びゆく三新線小奴可へ鉄道開通
1935/6/15 祝東城小奴可間開通
1935/6/15夕 東城-小奴可間きょう盛大な開通式
1935/6/16 通った通った待望の列車が通った!
1935/6/16 交通文化の触手は延ぶ
1935/6/17 八幡駅開通式
1936/3/2 東城駅に対する怨嗟と非難
1936/5/18 三神線の列車がバック6キロ余
1936/6/22 女工夫の奇禍
1936/8/23 三神線「道後山駅」
1936/9/5,9/15 「各地から」内名駅請願関連2件
全線開業以後
全通
1936/10/2 全通の三神線と関係線新ダイヤ
1936/10/8 京阪神方面へ直通の列車
1936/10/9 三神線の開通により郵便物はスピード化す
1936/10/9 有難い文化の恵み
1936/10/10 祝三神線全通 鶴首待望の三神線きょう晴れの全通式
1936/10/10 祝三神線全通 中国中央部幹線動脈的の役割
1936/10/10 三神線全通待望40年の"汽笛"
1936/10/11 沿道歓呼の中を初発列車は走る
1936/10/11 北備民が待望の三神線全通式
1936/10/11 歓呼の嵐の中前進!処女列車
1936/11/2 小国地方産米鉄道輸送変遷
1936/11/12 三神線道後山駅21日開通
1936/11/16 帝釈峡遊覧客の輸送戦線に異状
1936/11/20 道後山駅長
1936/11/20 駅長さんも山の愛好者
1936/11/21 三神線の最高地
1936/11/23 歓喜に満ちた道後山駅開通
1936/11/23 道後山駅祝賀式
1936/12/26 雪掻車試運転
1937/1/12 "さあ、スキーだ"雪がたんまり
1937/3/9 ハイカーへ福音
1937/6/12 道後山は緑の化粧
1937/6/24 道後山ハイキング
1937/7/20 道後山日曜の賑い
1937/8/22 飛乗り失敗で右腕を切断
1937/8/31 駅前橋の架替
1937/9/29 問題の駅前橋仮橋竣工
1937/12/8 雪の比婆東部
1938/5/19~20 東城駅構内臨時人夫轢死関連
1938/10/5 至れり盡くせり
1938/10/5 標高1,269m山の気を満喫
1938/10/5 ハイカーを呼ぶ爽秋新装の"山の家"
1938/10/20 道後山山の家
1938/12/20 初詣、スキーヤー ダイヤの準備OK
1939/1/8 白雪号も出動
1939/1/8 北備の春を訪ねて
40
1940年代
1940/12/27 山の家にも戒律
1941/11/2 備後東部一帯を地盤の乗合自動車を統合
1943/2/1 即死
1943/5/1~1949/8 生山~多里間国鉄貨物自動車線関連記事
1943/10/21 更生の道後山道場
1946/12/3 東城駅での出来ごと
1947/2/1 道後山進駐軍用遊戯場
1947/5/21~10/22 1947年道後山ヒュッテ経営関連
1947/6/15 広鉄保線技術研究会
1947/7/16~1949/9/15 新声新聞芸備線・東城保線区関連記事
1947/10/1 シーズンに備える道後山スキー場
1947/12/3~12/19 駅前街大火
1948/1/1~1/17 明朗!!東城保線区
1948/1/7 スキー客で賑う道後山
1948/1/22 スキー講習会
1948/5/21 上下地区輸送協力会が要望
1948/5/24 道後山は招く
1948/5/26 福山-東城間バス運転開始
1949/1/6 走るぞスキー列車
1949/1/20 道後山千一夜
1949/1/20~1/24 1949年道後山スキー場大盛況関連
1949/2/2 スキーもお流れ
1949/2/8 5日には60センチ
1949/2/17 雪のイタズラ
1949/2/18 降雪で送電不能
1949/3/24 広鉄・ダイヤ組替えに大童
1949/3/24 輪禍
1949/5/7 愛の囁きは高原
1949/5/18 道後山へ「自然科学列車」
1949/6/9 列車に触れる
1949/6/28 駅倉庫から硫安をカッ払う
1949/7/8 「山の家」の運輸事務官が収賄
1949/7/11 鉄道自殺
1949/8/4 山の家は悲鳴
1949/8/12 積乱雲に続く山・山・山…
1949/8/13 列車に石を投げる
1949/10/1 道後山"山の家"開放
1950年代
50
1950/1/22 勤人の出足上々※
1951/2/20 山に駅が出来て15年
1952/1/10 私費でスキー場建設
1952/11/25~1953/1/22 高尾原スキー場開業関連
1953/6/30 駅は花ざかり
1954/1/14 鉄橋上で老婆列車にひかる
1954/8/31 比婆山-帝釈峡観光バスを運行
1955/7/19 あすから開業
1955/7/20 「内名駅」発足
1955/7/21 芸備線に「内名駅」
1955/8/20 オート三輪列車に衝突
1955/9/7~1957/5/31 帝釈峡国鉄湖畔の家開業関連
1956/2/14 車輪はいたずらに空転
1956/2/29 腰上げぬ県北の冬
1956/4/25 芸備線路上に幼児イタズラ
1956/5/26~1957/5/23 伊達哲次氏殉職関連
1956/5/27 少女列車にひかれ即死
1956/5/31 線路に60ミリのヒビ
1956/8/15 老婆、鉄橋を歩行中にはねられる
1956/11/24 20周年迎え記念式
1957/1/8~1958/1/7 1950年代道後山年始スキー場開き関連
1957/3/29 道後山の"お母さん"木村春枝さん
1957/4/7 東城にディー・カーお目見え
1957/4/13 ロケ班の歓迎に東城駅は満装飾
1957/7/1 落盤で貨物が脱線
1957/7/24 "山の家"申込み殺到
1957/11/7 無人駅の清掃続ける
1957/12/4 冬への準備OK
1957/12/19 好評の落合駅出雲そば
1958/1/10 転てつ器凍結・積雪防止に"カンテラ融雪器"
1958/6/19~1958/11/23 芸備線近代化陳情関連
1958/6/22 鉢植を主要駅に贈る
1958/6/29 登山客へ割引実施
1958/7/12 臨時列車40本を増発
1958/8/9 駅を生け花で飾る
1958/8/19 小鳥原橋梁の老朽度調査
1960年代
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