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積乱雲に続く山・山・山… 道後山で忘れるこの世の憂さ

  • 執筆者の写真: 小鳥 原
    小鳥 原
  • 2025年12月30日
  • 読了時間: 2分

キャンプのシーズンとなった。県立道後山公園はさつき散ってハンカイソウのころとなり、来る日も来る日も集る人々も一日に200人をくだらず、土曜・日曜をかけては350人余りにもおよび、一日2回のバスの往復ではまどろっこしいくらい。ヒュッテでは、所狭しとテントを張った本格的なキャンプマンも見られる。9月頃までは山の家も完全な館備をと急いでいる。

じりじりと照りつける太陽、濃緑の香に酔いながらのぼりきれば、芝生に放牧された馬や牛も一緒に、お山パラダイスがくりひろげられる。ここでは野球やバレーに興ずる一群もあって、ここで気のすまぬ連中は、日本海いずこと中国山脈の尾根の鬼がわら三角点をめざして、三々五々いどみかかる。中には、子供を背にした進歩的なご婦人も見受けられる。

三角点にいたれば、万里の長城ならず隣県との国境にこけむす3尺の石垣があり、これに腰をすえれば日本海からの風に、下界の金づまりや税金ぜめとはしばらくおさらばだ。緑また緑と山々が延々と続き、積乱雲の下に消える。8時すぎごろ、紅に空がいろどられて西に夕日が沈めば、東にはやくも満月がのぼる。この時のお山の上の光景はまた乙なもの。日本海岸の灯台の光がちらちらするのはこれから。

はだに寒さを感じながらヒュッテまでおりれば、蚊やはえもおらずたのしいかたりあいの数々。高山植物の整理や思い出をしるし、気温が10度を下るころ、にぎやかだった話も夢路にむかい山のすべても夜のベールにつつまれる。

中国新聞1949年(昭和24年)8月12日付


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